今井 大湧さん(平成29年 普通科卒業)

【今井 大湧さんプロフィール】
愛知県津島市出身 ダイハツ工業所属 パラバドミントン選手(SU5:上肢障がいの種目)
主な戦績
2015年 日本選手権男子シングルス優勝2017年 世界選手権男子シングルス銅メダル、アジアユース・パラシングルス優勝
2019年 世界選手権シングルスベスト8
2021年 東京2020パラリンピック競技大会シングルス5位
2022年 世界選手権シングルス3位
2024年 世界選手権シングルス 3位、混合ダブルスベスト8パリ2024パラリンピック競技大会シングルス5位、混合ダブルス7位
パリ2024パラリンピック競技大会を終えて
対談:立松 彰吾さん(平成20年 機械科卒業) 名電高校教諭 バドミントン部顧問
広報委員会(以下、広報):東京大会に続き、2回目の出場おめでとうございます。
今井選手(以下、今井):ありがとうございます。東京大会では、パラバドミントンが初めて競技に加わりましたので、直前まで選ばれるか分からない不安もありました。今回は、ミックスダブルス、個人とで出場でしたが、ダブルスは高校時代にプレーしたぐらいで、本格的に取り組んだ期間が短く、選ばれたのは本当に運が良かったと思います。
広報:立松先生は、現地観戦のため自費でフランスへ行かれたそうですね。
立松先生(以下、立松):はい。休暇を取ってパリへ行き、予選からずっと試合を観戦しました。
今井:名電に挨拶へ行った際に、先生から「応援にいく」とお声をかけていただいたのですが、冗談だと思っていまして(笑)。現地で観客席におられた時には、驚きましたがとても心強かったです。
広報:東京大会とパリ大会では違いがありましたか。
今井:大きく違いました。東京大会は、コロナ禍で無観客での試合でしたが、パリ大会では、現地での声援でシャトルを打つ音が聞こえない時があるほど、観客も盛り上がっていました。
広報:その影響はあったのでしょうか。
今井:僕は人に見られるほうが好きなので、むしろ、楽しんでプレーできました。東京の時は、固くなってしまったので、今回の方が良かったと思います。
立松:それは、見ていて分かりました。東京大会の試合は動画で見ていても、思う通りに動けていないと感じました。パリではどの試合も良かったので、やってきたことが出せているなと思って見ていました。
広報:実力が拮抗している試合が多かったですね。
今井:僕は世界ランキング6位でしたが、2位の選手と3位の選手、4位の選手との戦いでした。勝ち抜くのが難しかったです。

(Photo by Alex Slitz/Getty Images)
大会2日目、グループB男子シングルスでプレーする今井選手
広報:試合は接戦でした。
今井:そうですね。本当に楽しめて、興奮しました。もっともっとプレーしたいという気持ちでした。次のロス大会でも出場して、メダルを目指したいですね。
広報:そのためには、日本、アジアでも上位の成績が必要です。
今井:はい。僕のカテゴリーの世界トップ4は、全てアジアの選手です。世界選手権ではメダルの実績がありますが、アジアでの成績はベスト8です。2年後の名古屋開催のアジアパラ競技大会はロスの前哨戦です。
立松:この大会には、部員を連れて見に行きたいと思っています。
広報:今井選手は高校時代から日本代表になる活躍だったのでしょうか。
立松:実は、パラリンピックに出場するイメージは全く無かったです。というのは、他の高校生と同じ健常者の大会に出て、全国を目指していました。
広報:いつパラに転向を?
今井:高校2年の終わりくらいです。初めて日本選手権に出場して、優勝しました。その後に、国際大会へ出ることになりました。
立松:正直、彼がパラで成績を残せるかは、未知数でした。私自身もあまり分からない状態で、当時もう一人の顧問の日詰先生(現・教頭先生)が出場をすすめてくれたのが最初ですね。
今井:今考えると、名電で良かったと思うことが多いです。僕は、卒業後に日体大へ進みましたが、立松先生が日体大出身で、きっかけをいただきました。
立松:名電で生徒たちは目的を持って学んでいます。ですから考えて取り組んでいる生徒が、迷っている時にだけ声をかけます。私も名電出身で、部活動はバドミントンでした。当時の練習は彼らより厳しかったです(笑)。
広報:お二人とも今日はありがとうございました。

今井選手と恩師の立松先生
立松・今井:ありがとうございました。引き続き応援をよろしくお願いします。
【文責 広報委員会】